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by psychiatrist / contributor for Cookie Scene music journalism publication since 1997 to2009. web magazine launched in 2010.

REVIEW ヒツジツキ Hitsujituki 『closet classic』

ヒツジツキ / closet classic  (himitukiti)

  メンバーそれぞれ大阪、京都、神戸の関西3都在住のインディー・ロック・トリオ、ヒツジツキ。音を合わせた途端ステージの空気が変わる。とにかくライブ・バンドなのだ。スリー・ピースとは思えない音圧、ふくよかなグルーヴ感、轟音フィード・バックの隙間からもれ聴こえるのは、少年のようなハイ・トーン・ヴォーカル。加えてソニック・ユースフレーミング・リップス、ザ・ラプチャー等といった影響元だ。

  ギター・ボーカルで全ての作詞作曲を手がける堤は、激しい情熱を内に秘めて歌い、日本的な情緒、夏の光、風の匂い、蝉の声、それらの残像をメロディーに乗せる。ベース・コーラス和田のプレイは個性的だ。ベースが太い蛇のように唸る。瞬時に耳を捉えて離さない。堤が以前組んでいたグランジ・バンドのラスト・ステージで、ほとんど素人の段階で誘われサポート・ベースとしてステージに立った経緯のある彼女ゆえかもしれない。そして温厚なドラム宮田がどっしりとした屋台骨となって、3人の音が見事に重なり、また拡散する。その瞬間が気持ちいい。

『clloset classic』収録楽曲に話を移す。「地下室の君」三部作と名付けられた第1作目は失われた君へ宛てた手紙だった。2作目である本作ではその君との思い出の日々が語られる。恋人との齟齬が描かれる高速4つ打ちギター・ロック「花とピストル」、「butterpink, endroll」から、スマッシング・パンプキンズの影がちらつくミドル・テンポの「雨降り」へ、ベースラインが不穏な「forest for the trees」は少年の日の回想。遠い星座に君を想起する「トュタタ」には郷愁を帯びたシンセサイザーが添えられる。再び疾走する「図書館は朝を待つ」では2人の出会いが描かれ、ラストの「最終ベル」はストリングスを加えたバラードで未来への決意を促す。

 子どもの頃から小説を書き、好きな映画のワン・シーンから曲の着想を得るという堤は、常に大人の視点で少年の焦燥感を描く。口下手で人付き合いも決して得意ではない3人が紡ぐのは、一見何の変哲もないギター・ロックだ。しかしその背後では文学の亡霊たちのささやき声が響く。バンド名は村上春樹羊をめぐる冒険』からで、亡霊の中には、鼠や五反田君や、ひょっとしたら直子もいるかもしれない。2014年には「また解散の危機になる」と本人達がいうレコーディングをへて三部作完結編が上辞される予定だ。それは脳にとりつく「羊」のようにあらゆるものを呑みこむるつぼとなるのか。いや違う。その音は我々ひとりひとりの弱さを受け止めるだろう。苦しさ、辛さ、生きる上でのあらゆること。きっとまたどこかで会える。

 

(以降は余談)

 

  はるか時の流れに思いをはせた時、自分の存在の小ささに気づく。いくら轟音でかき消そうとも、思いを言葉にしたためようとも、それは変わらない。それでもたったひとりの少女へ願いを届ける。関西3都を拠点とするインディーロックトリオ、ヒツジツキの「closet classic」は例えばそんなアルバムだ。

ベーシストの和田奈裕子さんは今は新しい音楽にあまり触れていないという。 

 「それよりもたとえば、恐山をリュックで登るほうが性に合っています。」  

 彼女の住む京都に限らず、歴史を想わせる遺跡が日本各地にある。有名な旧跡でなくとも七里塚でもお地蔵様でもいい。人々が生きた証が刻まれている。民俗学的なたいそうな話でもない。我々はどこからきてどこへいくのか。八百万(やおよろず)の神々はそこかしこに棲んでいるのだ。

 「本を読むことは、古くからの書物の智恵は、これは誤解を招くかもしれないけど、生身の人間よりも支えになる。生きるうえで信頼できるんです。うん、なんていったらいいんだろう。」

 現代社会に生きることは猛スピードで多くの行きずりの人々と接することだ。その中には信頼できるひとも、できないひとも、できると思わせてできないひとも、たくさんだ。そして誰もがこの世界の主人公になりたい。「ぼくが」「わたしが」の大合唱。そんな世相を確信犯的に利用し名声を得ようとするミュージシャンも後を絶たない。

 ヒツジツキは地下室に潜み、ただやるべきことをこなしている。けたたましい電子の狂騒から逃れたまともな音楽(シェルター)だ。

 

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