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by psychiatrist / contributor for Cookie Scene music journalism publication since 1997 to2009. web magazine launched in 2010.

スキゾイド 2

  「スキゾイドschizoid」という言葉を統合失調症自閉症スペクトラムをゆるく包括する概念として便宜上使用する。それを一般的な言葉で表すなら「異邦人」「ストレンジャー」「アウトサイダー」といった言葉になるかもしれない。

  彼らは情報処理システム(認知)の仕組みが平均的な人々と異なる意味のあるものないもの含めて常人より多くの情報を受け止めているかもしれない

  処理しきれずうまく考えがまとまらなくてコントロール不能に陥れば、急性の混乱状態になってしまう。精神病として治療が必要になる。

 一方で、独特な解釈で自己表現できるならそれは才能といえる。古くはシャカやキリストのような存在がそうであるかもしれない。時に社会全体に大きな影響を与えトリックスターと呼ばれる。

 トリックスターという概念については私は以下のように定義する。彼らは秩序を破り人間社会のバランスを崩す、大きな地殻変動を引き起こす存在だという。その時代の文化、常識では考えられないような主張、新しい行動を起こす。荒唐無稽で理不尽なようで、それでいて多くの人に影響を及ぼしていく。あたかも何かに取りつかれているかのように。しばしば当のトリックスター本人も、なぜ自分がそこまで影響力を持つのか理解していない。あるいは自分が変わっているとさえ思っていないだろう。そのパワーは「自らを見出さぬ者が見出そうとしてもがくエネルギー」であり、自らの生きる目的、志向性を未だ見出していないがゆえに、そのパワーは圧倒的であり、時に革命の原動力となる。革命の原動力になるということは、世界のパワーバランスがマイナスに傾けばプラスに。プラスに傾けばマイナスに働く因子であるということだ。
 

 トリックスターとは世界のパワーバランスの調節因子でもある。これがスキゾイド的な因子が人類からなくならない理由かもしれない。日本史で言えば神話の中のスサノオ、あるいは源義経、織田信長、坂本龍馬といった人物がトリックスター的な挙動を示している。こういった傾向は音楽史においても顕著であり、例えばデビッドボウイ、ジョニーロットン、プリンス、トムヨークといった人物の若き日の姿にもあてはまるかもしれない。

 

 ここからは余談。

 古来より日本では、「八百万の神々」という言葉が示すように、自然の中のあらゆる物に魂が宿っていると考えられていた。いわば超越者の存在を認める風土であったのだろう。事実、あらゆる妖怪伝説が集まり、古い記録に残されている。それらの妖怪は、世界中で驚くほど類似したパターンのものが伝わっているらしい。ひょっとしたら人々の共通無意識が生み出したものなのかもしれない
 そういった精神生命体。つまり妖怪や神々にとっては、自分が何者であるか規定するのは自分自身で、今ある自分の姿はそうあれと願った姿だという。三次元の枠に縛られない存在だからこそ、壁抜けできたり、念力で物を動かせる。
 精神生命体とは、存在自体が契約によって成り立つ。だから嘘をつかない(つけない)。情念(怨念)とエネルギーの存在だから、物欲や金銭欲、自己保身では動かない。名誉、尊厳といったもののためにこそ動くであろう。そして忘却という機能はない。生きてきた月日の重みが全てのしかかってくる。神であるということは、超越しているということは、実は圧倒的な地獄なのかもしないのだ。


 クトゥルー神話体系をご存知だろうか。スティーブンキングが師と仰ぐ作家、ラヴクラフトの作品に端を発するホラー小説群のことである。太古の地球に存在し、あらゆる時間軸、多次元宇宙に横たわる荒唐無稽な神々、それらに出会ってしまった人々の恐怖と自我崩壊についての物語である。ラヴクラフトの創出した神々、古きものたち(グレイトオールドワンズ)はあらゆる意味で、人間の想像を超えた存在である。
  古きものたちは時間と空間を超越している。したがって老いない。そして古代から未来に至るあらゆる空間にあまねく存在する。個体とか種族という概念も希薄で、個と全体の区別がない。AがBでありBがAでもありうる。だからAがAであるのは偶然の結果に過ぎない。したがって愛という概念が存在しえない 。愛は個体と個体の間の架け橋であり、隔絶した二つの存在がなければ成立し得ない
 では、もし彼らがある日、自分と異なるものに、例えば人間に出会ったらどうなるだろうか。我々にとって、彼らが異質であるのと同様に、彼らにとっても我々は異質なのだ。だから彼らは人間という存在を理解できない。あまりに異質で理解できないから、まずはオウム返しにイメージを表現し相手に投げかけることでコミュニケーションを試みる。

 その手段が有効でなければ、相手を自らの内にとりこもうとする。一体化しようとする。それもできなければ吐き出し、徹底的に拒否し排除しようとする。ここが重要なのだが、人々を恐怖に陥れる異世界の邪神。実は彼らもまた人々を怖がっているのかもしれない。

 

  by Toyokazu Mori (森豊和) mail sync4@i.softbank.jp

 

 

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