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by psychiatrist / contributor for Cookie Scene music journalism publication since 1997 to2009. web magazine launched in 2010.

REVIEW 入江陽 Yo Irie / river or liver?

まずはこの衝撃的なPVを(他の作品もこちらで観れます)

 

 

  Deerhunterのブラッドフォードコックスは新作Monomaniaのインタビューでこう語っている。「ルーリードのメタルマシーンミュージックが精神病を病む子ども達に好かれているという。僕もそんな音楽を作りたい。」一見音楽性は違うが、私は入江陽の音楽を思い出した。

  しゃがれたような、しかし温もりのある唄声。古えのシャンソン歌手のようだ。彼が唄えば言霊が宿る。癖のある声、嫌悪されることを恐れない声。琴線に触れるピアノ、随所にはまる泣きのギター、ジャジーな時にファンキーなリズム隊と一体となる。
  音数は最小限だが様々なイメージを喚起する。伝統的な音楽要素と現代的なアイデアを兼ね備えた稀有なミュージシャンだ。彼の音楽は遠く昔に置き忘れたヒリヒリする感傷を思い起こさせる。その痛みは大切なうずきに変わり、血の色を戻してやがて治癒するだろう。

  この奔流のような音楽は、1987年生まれの若きシンガーソングライターの、いったいどこから生まれてくるのだろう。彼はこう語る。「自分の音楽をボールのように扱いたい。投げたり弾ませたりいろんな方法で人目にさらしたい。自分の個性をたえず壊していきたい。」
  入江陽の音楽は昭和初期のモノクロ映画の世界だ。古いのに新しく普遍的。ミュージックビデオや彼が手がける映画音楽からもそれは感じられる。人によっては失われた景色、大切な友人や恋人を思い出すだろう。それは彼の紡ぐ音、唄う言葉に「日常生活の息吹」が挿しこまれているからかもしれない。かと思えば外国映画のような異世界に瞬間迷い込んでは、はたと現実に戻る。残酷な現実へ。

  彼は「嘘」という言葉を多用する。「本当と嘘はほんの一駅違い(ペコ)」「歌の中で生き続ける人たちと 歌の外で死にたい人たちに(ソウルソング2)」
こんな歌詞群から私は村上春樹の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を連想した。生と死、真実と嘘、それは決して対立する概念ではない。連続しているかもしれない。同じものの表裏かもしれない。彼は自分が思っているそのままの塊を吐き出したい。

  「昔の音楽にあった(今もあるものはあるが)なんだか怪しい(妖しい)感じ、正体不明な感じを出したい。周りの人がかっこいいという音楽をダサいと感じるとき、ダサいとその場で言い切れない自分が悔しい。多くの人は音楽自体には興味がないのかもしれない。」
井上陽水さんのスニーカーダンサーは歌詞と音楽の組み合わせの様々な実験が試みられている。今夜という曲がぞっとするほど美しい。大森靖子さんも同様だ。日本語をどんなリズムに乗せるかのセンス、運動神経が素晴らしい。」

  自分の音楽に対するスタンス、模範とするアーティストについて、そう語る彼は、自分の信じる言葉とメロディー、その最良の結合を探し続けている。きっとそれだけなのだ。

 

 

  by Toyokazu Mori (森豊和) mail sync4@i.softbank.jp

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